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それは、人間の弾く音だった🎵

三原久遠さんの指揮による、
ENSEMBLE MUSICA SINCERAの演奏会。  (^^♪

いくつもの楽器が響き合い、
ひとつの音楽になっていく。

♪ その演奏に包まれているうちに、
少し忘れかけていたものを
思い出したような気がした。

 最近は、あらゆるものが美しく整えられていく。

AIが生み出すものも、
人の姿かたちも、
より美しく、より完璧に。

私自身、新しいものは好きだし、
そこから生まれる美しさにも惹かれる。

それなのに時々、
あまりにも整ったものに囲まれていると、
少しだけ疲れてしまうことがある。

人間って、面倒だな。

そんなふうに思う日だってある。

この日のENSEMBLE MUSICA SINCERAの演奏には、  ♬👏
そんな私を、
そっと人間の側へ引き戻してくれるような何かがあった。

それぞれが、それぞれの楽器を奏でる。

呼吸を感じ、
互いの響きを聴きながら、
ひとつになっていく。

美しく、力強く、
そして、あたたかい。

そこには、
きれいに整えただけでは生まれない何かがあった。

そして、その中で聴いた
崎谷直人さんのヴァイオリン独奏。

   美しい。    🎻✨

でも、それだけではなかった。

どこか、切ない。

その切なさが、
静かに心の奥へ入ってきた。

崎谷さんが奏でていたのは、
Santo Serafin、1739年製のヴァイオリン。

強く響く中に、
ふっと繊細なものが見える。

なぜだろう。

聴いていると、
遠い記憶に触れたような気持ちになる。

そして——

1739年。

その数字を見た途端、
私の想像は遠い時間へ飛んでいった。

このヴァイオリンが生まれた頃、
どんな人たちが、この響きを聴いていたのだろう。

どんな服を着て、   👗
どんな場所に集まり、
どんな灯りの中で。

恋をしていた人もいただろうか。

誰かを想いながら、
耳を澄ませていた人もいたのだろうか。

もちろん、
長い年月の中で修復や調整を重ね、
大切に受け継がれてきた楽器なのだと思う。

それでも、

🎵

1739年に生まれたヴァイオリンが、
いくつもの時代を越えて、
今、私の目の前にある。

そう思うだけで、
時間というものが急に不思議になる。

昔、このヴァイオリンを聴いた誰か。  🎻

今、それを奏でている人。

そして、
ここで聴いている私。

何百年も離れているのに、
ひとつの楽器を通して、
ほんの少しだけ同じ時間に触れたような気がした。

AIがつくるものにも、
今の時代だからこその美しさがある。

けれど、この日、
私の心を動かしたのは、

人の手が楽器に触れ、
呼吸とともに生まれ、
その瞬間に消えていく音だった。

美しさの中に、
どこか切なさがある。

なぜなのかは、わからない。

でも、その音は、
胸の奥の柔らかなところに、
そっと触れてくるようだった。

人間って、面倒。

そう思う日もあるけれど、

こんなものを生み出せるのなら、

人間も、
なかなか素敵なのかもしれない。

長い時間を旅してきたヴァイオリンの余韻の中で、
少しだけ、そんなふうに思えた。

それは、人間の弾く音だった。🎵👏

💛ありがとう💛

 

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