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Essays

ピアノの音が、私の時間を連れてきた

― 岡本美枝さんのピアノリサイタルにて ―

もう一度、舞台に立つということ

大きなガラス窓の向こうに広がる景色が、
夕暮れから、少しずつ夜へと変わっていく。

街に灯りがともり始め、
その景色の中でピアノの音を聴いていると、
ニューヨークにいた頃のことを思い出した。

都会の灯り。
ガラスの向こうに広がる夜景。
そして、そこに重なるピアノの音。

東京にいるはずなのに、
ニューヨークのどこかで音楽を聴いているような感覚が、
その夜の時間をずっと包んでくれた。

夕暮れから夜へと移りゆく景色とピアノの音。

この会場そのものが、
岡本美枝さんのリサイタルを、
より美しく引き立てているように感じた。

そして何より——

彼女のピアノが、とにかくかっこよかった。

「美しい」とか「素晴らしい」とか、
もちろん、そんな言葉も浮かぶのだけれど、

私がいちばん感じたのは、

かっこいい。

ということだった。

この日は豊洲シビックセンターの一番前。
しかも、鍵盤を弾く手元がよく見える場所だった。     

あるパートでは、
指が驚くほどの速さで鍵盤の上を駆けていく。

目で追おうとしても、追いつかない。

これまで音楽に触れる機会も、
ピアノを間近で見る機会もあったけれど、
あんな手の動きを見たのは初めてだった。

ただただ、すごい。

音だけを聴いていたら見えなかったものを、
一番前の席だからこそ、
ほんの間近で感じることができた。

そして、もうひとつ。
なぜか心に残った瞬間がある。

演奏の途中、
鍵盤から手をふっと跳ね上げる、その一瞬。

あれほど力強い音を奏でているのに、
その仕草には、ほんの少しだけ、
繊細で控えめな何かが見えた気がした。

強さの中に、ふっと現れる弱さ。

もちろん、
それは私がそう感じただけなのかもしれない。

けれど、その一瞬が妙に心に残った。

そして演奏を聴きながら、ふと思う。

この人は、
どれほど長い時間をピアノと過ごしてきたのだろう。

何時間、何日、何年——。

きっと簡単には数えられないほどの時間が、
この音の中に重なっている。

長いブランクがあったとしても、
それまでピアノと過ごしてきた時間は消えない。

指の動きにも、
音にも、
何気ない仕草にも、

積み重ねてきた時間は、
こんなふうに現れるのかもしれない。

そして、もうひとつ印象に残ったのが、
彼女が歩いていく後ろ姿。

すっと歩いていく、その姿がまた、かっこよかった。

演奏している姿だけではなく、
舞台を歩く姿まで心に残る。

人の魅力というのは、
正面から見えているものだけではないのかもしれない。

歩き方や、立ち姿。
ふとした仕草。
そして、去っていく後ろ姿。

そんな何気ない一瞬に、
その人らしさが現れることがある。

今回、ありがたいことに、
知人を数人だけを招いて行われる予定だったゲネプロに伺うことができた。

本番とは少し違う空気の中で、
これから始まるものを、
ほんの少しだけ先に見せてもらったような時間。

そんな特別な場に居合わせることができたことも、
とても嬉しかった。

そしてこの日、
ピアノの素晴らしさと同じくらい、
私の心を動かしたものがあった。

長いブランクを経て、
年齢を重ねてから、
もう一度舞台に立つということ。

その姿に、私はとても共感した。

若い頃と同じでなくてもいい。

時間を重ねたからこそ生まれるもの。
経験したからこそ表現できるもの。

若い頃にはなかった何かが、
今の音や姿には宿っている。

私自身も、
舞台やカメラの前に立ってきた時間があるからなのか、

「もう一度、立つ」

ということに、心が動く。

年齢を重ねることは、
何かを諦めていくことではなく、

もう一度、
自分の好きな場所へ戻っていくことなのかもしれない。

そして、そこで咲くものは、
昔と同じ花でなくていい。

今だから咲く花がある。

演奏会を聴きに行ったはずなのに、
帰る頃には、
自分のこれまでと、これからのことまで考えていた。

目では追いつけなかった指の動き。

ガラスの向こうに広がる東京の夜。

             

重なるように蘇った、ニューヨークの景色。

そして、
すっと歩いていく、かっこいい後ろ姿。

音楽は、ときどき、
遠い記憶を連れてくる。

そして、
これから先の自分のことまで、
そっと考えさせてくれる。

そんなことを感じた夜だった。

美しい瞬間は、いつも新しい物語の始まり。💛

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